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シラバス詳細照会

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  • 講義要項やWebシラバスの記載内容は、登録された受講生の人数や理解度に応じて、授業開始後に変更となる可能性があります。

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授業情報

開講年度 2016年度 開講箇所 文学部
科目名
ドイツ文化特論

4-2_【文学・文構・一文・二文_合併】

担当教員 村井 翔
学期曜日時限 春学期  火2時限
科目区分 講義 配当年次 2年以上 単位数 2
使用教室 34-453 キャンパス 戸山
科目キー 2421700004 科目クラスコード 01
授業で使用する言語 日本語
  コース・コード LITG281L
大分野名称 文学
中分野名称 ドイツ文学
小分野名称 その他
レベル 中級レベル(発展・応用) 授業形態 講義
  オープン科目

シラバス情報

最終更新日時:2016/07/14 22:55:44

副題 都市の文化誌――ウィーン
授業概要  今日のオーストリアは見かけによらぬハイテク工業国でもありますが(ただし、その中心はウィーンではなくリンツ)、過去の遺産と美しい自然以外、あまり資源のないこの国にとって観光産業が重要であることは変わりません。ウィーンのど真ん中のホーフブルク(旧王宮)に観光客向けの「シシー(皇妃エリーザベト)の部屋」ができたりしたのも、そのあかしです。というわけで、ウィーンは日本人にとってヨーロッパ諸都市のなかでも人気屈指の海外旅行先であり続けることでしょう。この科目は18世紀から現代まで、ウィーンという都市をめぐる様々な文化的話題を(3回でワンブロックではありますが)、基本的に一話完結の形式で語るバラエティ形式の授業です。毎回、半分ぐらいの時間は何らかの映像をお見せします(映像を見せつつ、まだ喋ったりしますが)。15回すべてを見終われば、あなたもきっとウィーンについてトリビアが語れる、ウィーン通になるはず。
授業の到達目標  とりあえずレポートが出せればOKですが、興味のある方にとってはウィーン通になれる面白い授業だと自負しています。
授業計画
1:
第1回 「ワルツの世紀――ヨハン・シュトラウスとその時代」(4月12日)
19世紀ウィーン音楽の表看板とも言えるヨハン・シュトラウス2世ですが、ワルツという踊りがどうしてこんなに流行ったのかという入門的話題から始まって、シュトラウスはユダヤ人でありながら、長らくそのことが隠されていたとか、名曲『美しく青きドナウ』はもともと普墺戦争でコテンパンに負けたオーストリア国民を励ますために書かれた男声合唱曲だったという秘められた話題まで、ヨハン・シュトラウスという視点から19世紀のハプスブルク帝国を眺めます。
2:
第2回 「ミュージカル『エリーザベト』から見る19世紀の帝国」(4月19日)
ウィーン製ミュージカル『エリーザベト』は各国語版を含めた延べ観客動員数が数百万人というドイツ語ミュージカル最大のヒットとなりましたが、以下のような顕著な特質を持ち、大ヒットも当然の優れモノだと思います。すなわち、帝室というきわめて不自由な、抑圧された状況のなかでの女性の自立というフェミニズム的なテーマを中心に掲げたこと。ミュージカルは基本的にラブストーリーだと思いますが、夫のフランツ・ヨーゼフ皇帝は愛の対象にならないので、ヒロインの相思相愛の相手として、オーストリア文学では長い伝統をもつ死(死神)を登場させたこと。物語の狂言回しとしてエリーザベトを刺殺したイタリア人のテロリスト、ルケーニを設定し、主人公や帝室に対する批判的視点を確保したこと。授業ではこのミュージカル(もちろんドイツ語オリジナル版)の名場面が日本語字幕付きで見られます。
3:
第3回 「バレエ『マイヤーリング』」(4月26日)
1889年1月、帝国の皇位継承者であった皇太子ルードルフがウィーン近郊、マイヤーリングの狩りの館で、愛人の男爵令嬢と心中してしまうという衝撃の事件が発生します。この情死事件は『うたかたの恋』という大甘の感傷的な戯曲となって、同名の映画も何本か作られましたが、どうやら皇太子は一人で死ぬのが寂しかっただけで、お相手は誰でもよかったようです。皇帝フランツ・ヨーゼフ1世一家の「家庭崩壊」の様子、ハンガリー分離独立派に肩入れした皇太子と父皇帝との間の深刻な政治的対立、さらにルードルフが薬物中毒でもあったことなど、遥かに辛口の視点からこの事件を描いたケネス・マクミラン振付によるバレエ作品『マイヤーリング』(音楽はフランツ・リスト)を切り口にこの事件を見直します。
4:
第4回 「マリア・テレジアとその時代」(5月10日)
ここからは、ちょっと時代を戻して、3回ほど18世紀の話になります。R.シュトラウスのオペラ『ばらの騎士』が18世紀半ばのマリア・テレジア治下のウィーンを舞台にしていることはご存じでしょう。台本作者のホフマンスタールを含む多くのウィーン文化人たちが、この女帝の治下を黄金時代として懐かしむのは、なぜなのでしょう。後には保守的、頭が固かったと批判される女帝ですが、強国プロイセンと二度戦争しても負けなかった(勝ちもしなかったけど)こと、ともかく国内が安定し、国が栄えたことが評価されているようです。マリア・テレジア治下のウィーンを(あくまで後世のイメージですが)眺めてみます。
5:
第5回 「18世紀ウィーンのトルコ趣味」(5月17日)
ウィーンはオスマン・トルコの大軍に二度にわたって包囲されながら陥落せず、「ヨーロッパ世界の防波堤」の役割を果たしました。敗走したトルコ軍の置いていったコーヒー豆を見つけてユダヤ系ポーランド人のコルシツキーがヨーロッパ最初のカフェをウィーンに開いたと言うのは、ウィーンっ子好みの「伝説(フィクション)」ですが、つい先日、戦ったばかりのトルコの文物をウィーンの人々が面白がって取り入れてしまったのは事実。モーツァルトのピアノ・ソナタに含まれる『トルコ行進曲』やヴァイオリン協奏曲第5番『トルコ風』、歌劇『後宮からの逃走』などからは18世紀ウィーンのトルコ趣味がいかに熱狂的なものであったかが、うかがわれます。これも多国籍都市ウィーンならではの懐の深さでしょうか。
6:
第6回 「不運なメルヒェン・オペラ」(5月24日)
1891年、モーツァルト最後の年に初演された魔法オペラ『魔笛』は非常にウィーン的なオペラと言われ、18世紀ウィーンのイメージをこの作品から得ている人も多いでしょう。しかし、この作品は途中で筋が180度逆転している上に(逆転などないと強弁する学者もいますが)、女性差別、人種差別など色々と面倒なイデオロギー上の問題をあちこちに抱えていて、たとえば現代の演出家にとっては何らかの態度表明を迫られ、そのまま素直に舞台に載せるわけにはいかないという点では「不運な」作品と言えるかもしれません。この名作オペラをめぐる諸問題について考えてみます。
7:
第7回 「マーラーとユダヤ人であること」(5月31日)
マーラーが「私は三重の意味で故郷のない人間だ」と語ったという話は奥さんアルマの回想記に書かれて有名になりましたが、「三重」の中身はオーストリアにおいてはボヘミア人、ドイツ全体ではオーストリア人、全世界においてはユダヤ人であることです。ユダヤ人という被差別民族であったことが彼の作品にどう現われているか、交響曲第1番の俗謡、フレール・ジャックを用いた葬送行進曲や、ドイツの学生歌が引用される第3番の第1楽章を例に考えてみます。
8:
第8回
●「フロイト『イルマの注射の夢』再読」(6月7日)
9:
第9回
●「マーラー、フロイトに会う」(6月14日)
10:
第10回
●「オットー・ヴァーグナーとアドルフ・ロース」(6月21日)
11:
第11回
●「グスタフ・クリムトとエゴン・シーレ」(6月28日)
12:
第12回
●「ウィーンを舞台にした映画1――ニコラス・ローグ『ジェラシー』」(7月5日)
13:
第13回
●「ウィーンを舞台にした映画2――ヴェルナー・シュレーター『マリーナ』」(7月12日)
14:
第14回
●「ウィーンを舞台にした映画3――ミヒャエル・ハネケ『ピアニスト』」(7月19日)
15:
第15回
●「ウィーンを舞台にした映画(番外編)――スタンリー・キューブリック『アイズ・ワイド・シャット』(7月26日)


成績評価方法
割合 評価基準
試験: 0%  
レポート: 100%  授業のいずれかの回に関連したレポートを出してください。ちなみに、この授業に登場するウィーンゆかりの主要人物名を登場順に列挙すると、ヨハン・シュトラウス2世、皇妃エリーザベト、皇太子ルードルフ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、マリア・テレジア、フーゴー・フォン・ホフマンスタール、グスタフ・マーラー、ジクムント・フロイト、オットー・ヴァーグナー、アドルフ・ロース、グスタフ・クリムト、エゴン・シーレ、インゲボルク・バッハマン、エルフリーデ・イェリネク、ミヒャエル・ハネケ。
平常点評価: 0%  
その他: 0%  

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